コンテンツ

2019.10.16

oshoとカラーパンクチャー 奇跡的ヒーリングその2

カラーパンクチャーのグループは、主にサリタがリードしていた。サリタとは、以前このブログに書いた、サイキッカーの女性である。彼女がリードするうえでかなりこだわったことがある。
それは、「無条件の愛」というものである。

トレーニングのグループでは、参加者全員にローズクオーツをプレゼントされた。
ローズクオーツのエネルギーは、Unconditional LOVE,つまり、無条件の愛である。とサリタは、いった。


グループルームは、ピンクの布が張られ、ピンクの枕カバー、ピンクのクッション。
全て、無条件の愛を象徴しているという。

この無条件の愛という概念、実は、ニューエイジではお馴染みな言葉なのだが、本当の意味でのこの概念を理解するのは、なかなかむつかしいと思う。特に日本人の場合。
キリスト教会では、この概念が語られるようだが、神への愛とかと混同されることも多く、体験なしにはなかなか理解できない。

いろんな聖人が愛について語るが、言葉だけでは理解できないものである。
多分日本の文化の中には、存在しない概念なのではないかと思う。多分、語ることは、ナンセンスなのだろう。
しいて言えば、「あの人は、い~い人だ」とか、「いっしょにいて、おちつく」とかいう言葉が近いのではないだろうか。だが、近いが違う。
Oshoは、無条件の愛は、その人その人の内側で実現するといった。その愛は、方向性を持たない。その愛の中でくつろぐということができると語った。そして、不思議なことに愛のエネルギーは、使えば使うほど増えていくものだと語っていた。

きっとサリタはその愛を感じながら、セラピーを行うことを理想としていたに違いない。
グループの中では、ローズクオーツ瞑想というものを行ってから、ワークを始めた。
ローズクオーツ瞑想は、径5センチくらいのローズクオーツを 頭の右後ろ、右前、左後ろ、左前、頭頂、額と、各1分当ててもらう。二人組んで交互に。そして、10分間沈黙するという。
静かな、儀式のような不思議な朝のセレモニーであるが、なぜ、毎日行うのか、その時はわからなかった。あるとき、私は、何かが定着していくのを感じた。

サリタは、いつもバラ色の笑みを絶やさず、決して怒ったり、人を否定しない人だった。
Unconditional LOVE そのものの人で、決して表面的につくろっていたわけではなかった。
サリタのセッションをコミューンのBooking office(予約センター)で依頼すると当分キャンセル待ちであるが、直接話すと、びっしり書き込んだスケジュール手帳を取り出し、朝早く起きれるなら6時半にコミューンに来るようにという。

手帳を覗き込んで、びっくり。早朝から夕方まで、食事の時間もろくに取れないほどびっしり予定が詰まっている。その上、グループワークのセラピストとして、指導している。
サリタは、愛のエネルギーを放射しながらエネルギッシュに働いているのだが、色々な人が自己中心的陰謀を働いている。

いろんな人が、自分のビジネスにサリタを利用できないか、サリタと関わって、自分も権威を獲得できないか、傍から見ると甘い汁に群がるダニのようにも見えた。
あるとき、私はサリタに訪ねた。

なぜ、人々の悪いところも見ようともしないのですか。人のネガティヴなことは、目に入らないのですか。
すると、サリタは、
「ディンパル、一日24時間醒めていなければいけないのよ。」と優しく微笑んだ。
私は、衝撃を受けた。まず、彼女の途方もない愛のエネルギーがあって、そして、コメントがある。普通の和尚セラピストは、このようなとき、ただ和尚の言葉を引用してしゃべるだけである。語った本人の存在は見えない。

サリタの愛の秘密は、覚醒であった。愛と覚醒のエネルギーに触れるのは和尚コミューンの中でもめったにあることではなかった。
彼女の深い眼の中にネイティブインディアンのスピリットを感じた。そういえば、白人にしては背が低く、どことなく東洋人にも似ているようだ。インディアンの血が少し流れているのだろうか。
今となっては、彼女は無条件の愛を実現しようとしていたことがわかる。だが、はじめは、そのことを理解できなかった。そして理解していた人も少なかったと思う。

グルジェフもこう言った。覚醒は愛ではない。だが、愛に至る道だ。
瞑想と愛は、友達だ。しかし、愛の反対は、恐怖である。つまり、さまざまな恐怖を愛に変えてゆくことこそ、真の魂の改革なのである。