ガイドのラマは、
テントをナムチェバザールまで取りに行くと言う。
もう、星が瞬き始めていた。
お星さまがギラギラ輝く7色の宝石箱
の下で寝袋から顔だけ出して寝るのは格別。
こんなきれいな星空で心が洗われるよう。
...ただ、全身が寒くて眠れない。
夜は-10°Cくらいだろうか。
ここは天国と地獄がいとも近くに存在しているようだ。
夜が更けようとした頃、やっとラマがテントを持って到着。
若者だから仕方がないのかなと自分に言い聞かせ、
テントを張ったのだが、
...テントと言っても貧弱、棺桶に寝ているような
、低くて、薄いビニールのせいぜい1000円くらいのやつだった。
固い地面に寝たが、朝までぐっすりというわけにはいかなかった。
やっと朝になる。
朝食は、またもやインスタントラーメンである。
日本のそれより格段に味は劣る。
ただ野外で食べるので、気はまぎれる。
目の前は美しく広大な自然だ。
ラマは、日本人の登山ツアーにコックとして
同行したこともあると言っていたので安心していたが、
それにしてもなぜインスタントラーメンばかりなのか。
食事のときはがっかりした気分になるのだが、
あいかわらず、美しい自然に魅せられ、希望をもって進んでいた。
途中の山小屋では、
チベット語で談笑する地元の人たちの会話の響きを楽しんでいた。
途中、日本人の登山ツアー客と山小屋で一緒になった。
10人ちょっとくらいの団体だったが、
その食事は、素晴らしかった。
そしてこれだけの食糧をどうやって?と首をかしげるくらいだった。
現地の人も簡単なカレーとじゃが芋くらいなのに...と、
素晴らしいごちそうを尻目にインスタントラーメンをすする。
そして山小屋ではなく、その広場にテントを張って寒々と寝た。
ラマが2,3日前から私を呼んで、
山小屋の台所の裏で困ったことを言うようになった。
燃料が足りないのだという。
山小屋の主人から買うから、もう100ルピーくれという。
仕方がない。
日本円では大したことにないお金だ。
そして次の日は、もう200ルピーくれという。
高いところであればあるほど運賃が加算されて燃料も高くなるのだといった。
そして、きょうは、もう300ルピー足りないという。
何かおかしい。が、どうしようもなかった。
エベレストを臨むゴーキョピークを目指したかった。
ところがここでもラマは妙な事を言い出した。
「あなたがたの体力ではゴーキョピークはとても無理である、
だから、あしたはもう引き返そう。」なんだか、
ナムチェバザールではへりくだっていた態度が、
見事に尊大になっている。
高度4000メートルを超えた地点で、
頭がガンガン、顔がパンパンになってきていた。
<顔がパンパン>
高山病である。加えて夜はいつも寒くて眠れない。
そんな高山病の我々とは対照的に
ラマは平気な顔をして、倍速でも登れるという風である。
ゴーキョピークは5000メートルを超える。
でもどうしてもあきらめたくなかった。
日本人の登山ツアー客は確か、山小屋で一生懸命検査をしていた。
高山病になったら、命に危険なので、
すぐにヘリコプターで「さようなら」なのだそうだ。
ヘリコプターのチャーターは100万円かかるが、
保険に入っているので安心なのだという。
色々なことが頭ををぐるぐる回る。
これはカルマなのだろうか。
ここまでしてきたのにやはりあきらめなければならないのか。
毎食のインスタントラーメンにも辟易した我々は、
次の日単独で坂の上にある別の山小屋に朝食を食べに行った。
行ってみるとなんとそこは、
コンチネンタル・ブレックファーストのでる普通のホテルで、
立派なガラスの温室があり、暖かかった。
そこの主人にガイドのラマのことを話すと、
彼は英語で「ラマのことなら知っている」と言った。
「あいつはナムチェバザールで知り合った女性と関係が持ちたくて
彼女の家の庭にテントを張って、ねばっていたんだ。
うちにもガスボンベを売りに来た。」
私はそうかと腑に落ちた。
我々の持っていたガスボンベを相場の2倍で売っていたらしい。
他にも荷物や食料をいろいろ売りさばいて小遣いにしていたらしい。
宿の主人は、ゴーキョピークは、
ここから半日も歩かないところにあり、今夜ここに泊まれば、
明日はピークを目指せるという。
ラマはゴーキョピークはまだまだだと言っていたのに、である。
私の心は決まった。
荷物を置いてある山小屋まで戻り、ラマを問いただした。
「あなたは本当にガイドか。
あの山は何という山か、きいてもこたえられなかったじゃないか。
いつも外に寝させて、お前は家の娘と夜這いしていたのか。
上の宿の親父がそう言っていたぞ。
ラマ、俺の目を見ろ、ガスボンベはどこへ行った!」
ラマはうつむいて、キレたように走り出して山を下りて行った。
後は、シェルパと我々3人が残されたが、気分は明るかった。ゴー
キョピークに行こう。