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2019.08.01

両親との結婚を試みる深い愛

トラウマが解消されても
なかなか性格は変わらないようだ。

誰にでも腹をたてる人
いつも自分を引き立ててくれないと
不満の人
うまく付き合っているのに
突然裏切り出す人

セラピーで、家族のトラウマ
先祖の問題、遠隔で供養など
いろいろしても
何かが不満で常に対立軸を立てようとする

わたしはこれを最後の愛の戦いと呼んでいる
彼は、両親への怒りは解決したが、
そのまま離れていくのは
両親がかわいそうだ
その気持ちが強いので
両親の性格を直してやろうという試みを
愛の元にいろいろ試みるのである

アーサーヤノフ曰く
「冷淡な人と付き合うのも
その人を通じて自分の両親を暖かみのある人間に
象徴的に変えようとしているのであり
強力なプロセス、いわゆる当時の家庭の状況を
変えようとする時の心の傷の表れである。

弱い男と結婚して強い男になるように仕向けたり
強い男を見つけて弱く優しい男にするために
散々痛めつけたりするのである

彼女は、満たされない親への欲求、本物の優しい人間になるよう
他人を批判しているが、そんなことは起こりえないので
闘争は永遠に続く」

セラピストたるもの、本人の親まで変えようとする試みに
胸が熱くなるではないか
しかし、無意識の闘争の中にある限り、
他人を変えようと試み、失敗に終わるパターンは
繰り返していく。

ただ、深いところにある愛に気づくのが
そこから自由になる唯一の方法である。
2019.07.16

優柔不断な人々

セラピーを日本で始めた当時、とてもショックだったことがあった。
初めてのお客さんが、
「私は、何をすべきでしょう」
と言う問いを口々に発するということであった。
今では、なんとも思わなくなったが、
私がかつていた、アメリカで、インドで、
そのような問いを発すると、セラピーはまだ早い、と言われ
受けることさえできなかった。

私は、セラピーを受けることは、
自分に向き合う勇気のある高邁な行為だと思っているが
日本人の多くは、そう思っていないらしい
むしろ、恥ずかしいこと、一部の人にしか必要のないこと
と思っているらしい。

日本に帰ってきた90年代は、スピリチュアルがようやく
市民権を得つつあったが、日本で流行っていたことといえば
トレーニングコースであった。

学ぶ、ならう、ということには抵抗がない。
自分と向き合うことをしたこともなく
セラピーを十分受けたことのない人が
それを習って先生になる。
このような本末転倒なことが今でもずっと起こりつづけている。

こうしたことについて、アーサーヤノフは書いている

神経症の人は、要求と義務の間で分裂しているので
なすべきことを他人に求める
「このメニューで何がオススメですか?」
自分に他の人が義務を提供し続けてくれ、
自分の感情に基づいて行動しなくて済むよう
死んだように生きているのである。
私にはなんの望みも感情もそれに生活もありません
私の代わりに私の人生を生きてください。
生まれてからずっとやりたくないことを行ってきたので
自分がしなければならないことに苦痛を感じる

個人個人は、その人なりのやるべき課題や
ミッションがあるはずだから
それに気がついて、始める、という
せめてスタートラインに立ちたいものである。
というわけで、私は、セラピーを自ら進んで受ける方々を
大いに素晴らしい人たちだと思っているのである。
2019.07.07

人格を超えて。

人格とは果たせなかった要求、とアーサーヤノフは言う。

子どもの頃、両親に言うべき言葉が、人格の裏側に潜んでいる

いつも微笑みを絶やさない人格には、
「私につらく当たらないでください。」という要求が
大人になっても、それを訴えかけるように、隠されている

いつも虚弱体質で気弱に振る舞う人格には、
「私の世話をいつも見てください」という要求が隠されている

「僕に注意を払って、お父さん」というために
社会的な集まりで立派なスピーチをする。
しかし、少しひっかくと、傷ついた子どもの顔が見える。

子どもは両親の望み通りにしようと勤めるが
自分の要求が満たされないため、緊張した人格を作り出す。

人格は傷ついた子どもがかぶる仮面である

社会では人格は必要とされているが親密な世界では人格は歓迎されない。

ニーチェは「ツァラトゥストラ」の中で、
成長過程での人格の三様の変化ということを書いている。
なんでも従い、従順だったラクダのような人格は
やがて反抗期を迎え、ライオンのように吠える。
自分の強さを誇示し、他を蹴落とし、一番になろうとする。
しかし、それもまた、一つの過程である。
成長の過程でそれをも手放し
子どもの人格へと変容していく。

セラピーではニーチェの言う
ラクダ、ライオン、子どもへと帰っていく試みを強行する

普通のセラピーでは、まず、従順なラクダのような
人格を作り出した両親や先生や社会に強力にノーという。
強いライオン、大きな声で叫ぶのだ。
そして
純真な子どもに帰る
それがゴールである。