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2019.09.28

Oshoと瞑想  エーゲ海の黒い太陽 1

いつもエーゲ海を見ていたい。
Oshoが訪れたエーゲ海は、今は、サニヤシン(弟子)たちの喧騒もなく、静かだ。


4DKの部屋を二ヶ月借りた。
マンションの四階にあり、海が見渡せた。
ここは別荘として使われていたところで、オフシーズンの今は、周りも静かである。
私は準備を整え、ヴィパサナに入りながら生活を立て直していった。

ミネラルウォーターと野菜を買い、プロパンガスを手配し、調理とシャワーができるようにした。
砂浜を歩き、エーゲ海の潮風を受けて朝夕散歩しながら心は静まっていった。

ニューヨークの仕事はハードだった。
だからこそ大金が稼げたのだが、Oshoの居所も相変わらずつかめないまま、忙しすぎた日々から瞑想へとシフトしていくのは、何とも言えない気持ちだった。

それでも私はもうひとつの瞑想、oshoのタントラの本のなかにある、ダークネス・メディテーションを行おうと決めた。
ギリシャでは陽のエネルギーが生まれたが、この瞑想は、自分の中の闇を見ていく瞑想である。

第一段階では、自分の中の闇を見る。
第二段階は、自分の闇を通して世界を見る、成功すると世界は黒く見えるというものである。 

まず、真っ暗な部屋を作る。カーテンを閉めて黒い布を貼り、真っ暗の中で目を開けて前を見る。同時にヴィパサナもする。窓のないキッチンに閉じこもり、真っ暗闇の中で食事もロクに取らないで3週間瞑想した。

外側が黒いと内側も黒くなる

我々は内側に光を求める

外側から求めた光はニセモノだ

人を幸せにするように見えるが本物の光ではない

あなたの内側は光ではない

外側の光で作った映像は、内側のマインドを太らせる

内も外も闇であれば、マインドは映像を作る材料がなくなる

内側の闇は、ノーマインド。

宇宙からこの地球に来た時のあなたの本質だ

目を開けても本質が残れば世界は黒く見える

少しでも光があると、目が慣れてフクロウのように少しずつものが見えてくるので全く締め切らないといけない。夜も昼もわからず、壁に飾ってあったカレンダー付き柱時計を見ないと何日目かわからない。だが時間はたっぷりある。私は目を開けて真っ暗な世界をたっぷりと見つめた。       (つづく)