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2013.08.29

簡単ではない!ヒマラヤの旅 その5 氷河とチョーラ峠

朝になって、ちらちらと雪が降ってきた。
雪が積もるとチョーラ峠は危ない。
が、この程度のちらちらした雪では大丈夫かもしれない。
とにかく急いで宿を出た。
しばらく歩くと、遠くに氷河が見えた。
氷河は大きく、川幅は1Kmあるように見えた。
初めて見る氷河に感動する。しかし、これを渡るのか。

いよいよ氷河のふちにたどり着くと、
シェルパは何のためらいもなく氷河に足を踏み入れる。
氷の状態は均一ではなく、はまりそうなところや
固く凍っているところなど、まちまちである。

氷河は、均一なスケートリンクのようなものではなかった。
起伏が激しく、立体的な迷路のようだった。
平坦な道から突然、がけのように滑り落ちたりする。
下ばかり見て歩いていると、だんだん方向がわからなくなる。
シェルパは、そこは危ない、こっちこっち、とか指示をくれる。
雪が突然崩れて川底に落ちる場合があるそうだ。

はじめは恐る恐る歩いていたが、そのうち慣れてきた。
次第にヒマラヤの川のスケールの大きさを楽しめるようになっていた。
氷河は忘れられない思い出となった。

氷河を渡り、丘を越えたら山小屋があり、
チョーラを目の前にして我々は一泊することにした。
中で薪ストーブが燃えている。
もちろん燃えているのは薪ではなく、
ヤク・ポテト(ヤクの糞を乾燥したもの)だ。
荷物を運ぶための、あるいは野生のヤクの糞は、
ここでは貴重な燃料である。
高地の山々には木どころか少しの草も生えていない。

カトマンズで出発前にチョーラのことを聞いて回ったが、
誰も今の状況は分からないといった。
ほんの一時期に登れるが、雪の状態によっては登れないという。
地図にはただ点線が結んであるだけだった。
とにかく難所であることだけはわかっていた。

ここでニュージーランドの登山グループと一緒になる。
皆、屈強な男たちである。
気さくな人たちで少し仲良くなる。
このグループは日本のツアーと違って
超豪華な食事もしていなかったし、
シェルパや料理番といった人々もいなくて
ガイドが一人いただけだった。
皆チョーラ越えを目指している。
どうやら雪もやんでくれたようだ。

暖かいチベットうどんの夕食に、
ちゃんとしたベット!いうことなしである。
ところで、ニュージーランドグループの現地人ガイドは、
英語をペラぺらと話した。
が、その言葉は嘘っぽかった。そして、みんなと一緒に食事をした。
が、我々のシェルパは、隅のほうで一緒に食事せず、
ジャガイモに唐辛子の粉を付けてかじっていた。
ちょっと気の毒になったが、
シェルパは「わたしはこれでいいんだ」といった。
どうも現地人の間でのなにかがあるらしい。
我々のシェルパはほとんど英語はしゃべれなかったが、
とても実直そうで我々は、とても満足だった。

朝は一列になって、ともにチョーラを越える。
峠の下まで来て絶句。
そこはほとんど九十度の岩のがけで、
終わりの見えないほど高いところ。
石が落ちてこないのかとシェルパに聞いたら、
凍っているから大丈夫という。
本当に一歩づつ岩をつたって、命綱もなく、
サーカスのようにシェルパに手を引っ張り上げてもらったり。

下を見てはいけない。めまいがするから。
登る伱から小さい石が足元から崩れていく。
途中でギブアップしそうになったが、引き返すことはできない。
一歩足を踏み外しただけで何百メートルも下に落下してしまう。
シェルパは重い荷物を持ちながらも先頭に立つ。
冷や汗をかきながらも、懸命に手と足を駆使して登る。

とうとう上まで来た。
少しずつ這い上がって登りきるとやがて達成感と
全員の無事の喜びで脱力しながら雪の上を寝転がった。
少し休憩を取った後、
山を少し登って南面から北面に今度は下りてゆく。
ここもかなりの高度のはずである。
相変わらず頭がガンガンする。
シェルパに「頭が痛くはならないのか」ときくと、
「チョーラを越えると、いつも少し(!)頭は痛くなる。」と答えた。

人にあまり見られていない万年雪の純白の世界ではしゃぐのは
極上の喜びだった。来たかいがあった。
少しずつ雪の中を下りて行った。
夏限定の山小屋が温かく迎えてくれた。
(つづく)