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2020.03.05

心の座と魂の座

初めて体験した時、私が、カラーパンクチャーで、
何がすごいと思ったかといえば、
セッションで、
いつの間にか、変なこだわりが抜けて行くことでした。
過去ブログ、読んでくださいね。

2013.06.12 の過去ブログから


私は若い頃、西洋人の中に混じって西洋的セラピーを習得していた。
そこでは、西洋人たちも
ニューエイジブームで東洋人(主に日本人や中国人、チベット人など)と触れ合い、
「日本人はエゴが育ってない」ということが彼らの間の常識となりつつあった。

そこで、彼らが考え出した結論といえば、「日本人はまず、エゴを育ててから、エゴが成熟したら、それを壊していくセラピーに参加できる」というものだった。

今から考えたらずいぶん上から目線な見解だが、
これが、80年代のセラピーの現状だった。
エゴの強い日本人は彼らに歓迎されたのである。

一方エゴの「育ってない」普通の日本人は、
彼らにとって理解不能な人々だったのである。(いいかげんにしろ!)
日本人はエゴではなく高度なテレパシーが発達した文明人である!

人の問題も自分の問題としてとらえられる高度な精神性を持っている。

西洋では心の座が割と重んじられていて、しかも独立している。
その住みかである体は、修理して使おう。というわけである。
ところが日本人にとって魂の座が一番大切である。
そして魂を鍛えるということを伝統文化としてきたのである。

体の中には心があるがそれを超えたところに魂があり、
すべてを統括する。

魂は心と肉体を統括するから
魂が強くなっていれば、
少々の怪我や体の不調にびくびくすることはない。

人々が魂の座にあれば、人とのコミニュケーションは、
生産的に発展するが、
人々が肉体の座に降りると、疲れただのつらいだのと不平不満が蔓延し、
泥沼のようにエネルギーを取ったり取られたりするだけ。

人からエネルギーを取る技術だけが発展してゆく。

私ってかわいそうと思う人は、心の座にいる人である。

魂の座にいれば、すべての問題は解決している。
魂を強くするのは日本の文化である。
意識的にならないとなかなか難しい
普通に生活すると心の座に降りてしまう。
しまいには肉体の座に降りてしまう。

そうすると、いつも体の不調にびくびくして
検査、検査、という人々が増えていくのである。

肉体の座にいる人にとって重要なのは医療。
心の座にいる人にとって重要なのはセラピー。

心理療法。魂の座にいる人にとって大切なのは、瞑想、日本の伝統文化、武道。

魂の座にいないで覚醒といっても理解できない。
若い頃はいろいろ世界中を旅をして
魂の座までアプローチするセラピーを長年探し求めた。

カラーパンクチャーの創始者、
ドイツのピーターマンデルの講義を聞いたとき、
もしかして彼のいう「spirit」はこのことかと思った。
すべてを統括する魂の座…日本語に訳すとこんな感じかなあ…。

そしてその時が私のヒーリングの原点となった。