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2019.07.07

小さな女の子の原初的大情景

いくつかの小さな経験を積んだ末

ある大決心をするという、アーサーヤノフは言う、 



ある日6歳の女子、

一人で雨に濡れずぶ濡れで震えているところを

近所の人が見つけ家に連れて行き、暖かく、愛しげに抱いてやった、

少女はとつぜん「危機感」、「とまどい」を感じ飛び出して家にかえった、

そして1時間ほど泣きじゃくっていた。



これが大情景に出会う瞬間である。

あの隣人の暖かさが人生の空しさを浮き彫りにして見せたのである。

彼女は家庭で一度も与えられた事のないものを

つかの間の間、知ったのである。



親切で素朴な愛を、

彼女は今までありえなかったものを悟ったが

それは母親に与えてほしかった。



全てを諦めた大情景を衝撃的に経験する前に、

その衝撃的な破壊力を全く感じないように泣きじゃくって追い払ったのである







瞑想したらたくさん小情景に悩まされるだろう。

叩かれたり、しつけられたり、痛めつけられたりされた思い出。



4−6歳の頃には、悟りを得るようだ。

このままの自分ではダメだ、外面的に礼儀正しく、可愛らしく、協力的ないい子になる、

内面では緊張を抱えながら、幼稚園が終わる頃には出来上がっている



大情景といっても劇的情景に出会わない場合が多く、

本人も気づかないまま生まれ変わるので

セラピーでも出てきにくい特徴がある。



まれに解放されると息を吹き返したように楽になり健康に長生きとなる。

ほとんどの人が持っている原初的大情景 

どんな内容だったかわかっただけでは、

解除できないところが難しいところである



多分これは、本当に自覚しにくい部分、

つまり、その人の人生のトーンを形作る。

性格でも、人柄でもなく、雰囲気というものが

人間関係を支配していると思う。



その人にも無自覚なその雰囲気。

これを変えることは、難しい。

たとえ、セラピーで解消したように見えても

実際にはなかなか解消しない場合が多い。

光と色は、その部分の無意識に働きかける。

そして、その無意識が多くのその人の人生を決定している。



関係性を通して、カウンセリングを通して

意識的にわかることもあるだろう。

しかし、意識の部分より無意識の部分が

物事を決定しているということ。

この無意識の部分に、ヤノフのいう大情景が入り込んでしまっている



こうなると、暗い話になっていくのだが、

つくづく、これが解決できる、光と色の力は偉大だと思う。
2019.07.07

人格を超えて。

人格とは果たせなかった要求、とアーサーヤノフは言う。

子どもの頃、両親に言うべき言葉が、人格の裏側に潜んでいる

いつも微笑みを絶やさない人格には、
「私につらく当たらないでください。」という要求が
大人になっても、それを訴えかけるように、隠されている

いつも虚弱体質で気弱に振る舞う人格には、
「私の世話をいつも見てください」という要求が隠されている

「僕に注意を払って、お父さん」というために
社会的な集まりで立派なスピーチをする。
しかし、少しひっかくと、傷ついた子どもの顔が見える。

子どもは両親の望み通りにしようと勤めるが
自分の要求が満たされないため、緊張した人格を作り出す。

人格は傷ついた子どもがかぶる仮面である

社会では人格は必要とされているが親密な世界では人格は歓迎されない。

ニーチェは「ツァラトゥストラ」の中で、
成長過程での人格の三様の変化ということを書いている。
なんでも従い、従順だったラクダのような人格は
やがて反抗期を迎え、ライオンのように吠える。
自分の強さを誇示し、他を蹴落とし、一番になろうとする。
しかし、それもまた、一つの過程である。
成長の過程でそれをも手放し
子どもの人格へと変容していく。

セラピーではニーチェの言う
ラクダ、ライオン、子どもへと帰っていく試みを強行する

普通のセラピーでは、まず、従順なラクダのような
人格を作り出した両親や先生や社会に強力にノーという。
強いライオン、大きな声で叫ぶのだ。
そして
純真な子どもに帰る
それがゴールである。