ご挨拶

アトランティスは1994年設立以来、カラーパンクチャー、クラニオセイクラルなど、数多くの人にセラピーを提供し、その経験をもとに様々な光と色の技法を開発しています。また実際に店舗に来ていただかなくても遠隔ヒーリングを行うことも可能です。まずはお気軽にご連絡ください。
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体験談

2019.09.13

シリーズセッションを受けて

(クライアントの感想文より)

私がセッションを受けたきっかけは、私より先に妻が受けていたことでした。私と妻、娘は、2011年5月に6歳になる息子を交通事故で亡くし、悲しみと絶望の底にいました。

そんな時、妻は親友の強い勧めでこのセッションを受けていました。妻は、私に設けるよう勧めましたが、私はその時はそんな気分にもなれず、断っていました。試しに一回だけでもという妻の勧めで、それじゃあ受けてみようということになりました。

最初はどんなことをされるのか全く分からず、予備知識も全くないままに受けました。一番最初は確かボディーエネルギーの調整だったと記憶しています。

その時息子の事故のことで傷心しきっていた自分の体に、何かエネルギーが注入されるような感覚が確かにあり、その後、セッションを受ける決心をしました。

第一回目から、私はどんな機械を使うのか、どんなコンセプトで行われるのかなど、そうした予備知識が先入観につながってしまうのではないかと思い、ベットに横たわって何も見ないように心がけました。

ただできる限りリラックスして、自分の瞼の奥に現れるものだけを見ることに集中しました。セッションが終わった後には、その時見えた色や想起された映像、実際に感じた感覚などを忘れないうちにメモするようにしました。

そういったことを今の自分の困難や苦しみの根と結びつけることで、なるほどなあと納得がいくことも多々あったり、自分に欠けてるものに気付かされたり、様々な発見がありました。

セッションを受けたからといって、それで自分の内側がクリアーになるというようなことではなく、あくまで自分の内側を自分で見て理解し、過去に自分の心にショックを与えた出来事などを記憶の中から再び引き上げて、今の自分が冷静に考察するという姿勢が大切なのかなと思いながらセッションを受けました。

私は思春期の頃から父親と折が合わず、言い争いばかりしていました。一昨年に母が病気で亡くなる際にも父とは意見が合わず、今日までわだかまりが残ったままでした。

そんな私が受けた第二回目のセッションでは、父の若い頃の姿が鮮明に思い出されました。私が幼少の頃の父の笑顔が浮かんできたのです。

自分が幼いころ、父が大好きだったということを思い出しました。それと同時に父に振り向いてもらえない幼い自分が我慢している姿も浮かんできました。父と心が離れてしまうきっかけとなった出来事一つ一つも思い出されました。

そのうちに自分の憎しみの根に気付き、父を許したいと思うようになっていました。それに気づくまでにいったいどれだけの時間がかかったことでしょう。もしこのセッションがなかったら、そのことに気付かずに憎み続けていたかもしれません。

そのセッション中は、父に生まれ育ってきた環境や父の置かれていた状況、人物像がわかりました。そうしたことで今では、父に対するネガティヴな感情はすっかり消え去ってしまいました。また、自分が何かするたびに、父に似ていていやだなあと思っていた、自分自身に対する嫌悪の気持ちも、解消されたように思います。

第3回目のセッションでは、自分が幼少期から思春期まで育ってきた昔の家や家の周り、遊んでいたところの風景、過去にかかわりがあったたくさんの人たちの顔と名前などがかなりはっきりと頭の中の視覚として現れました。

現在の自分が客観的にみる過去の自分。育ってきた環境、時代背景に何があったのかを知ることができました。希薄だった人間関係から自分の冷たさの根にある淋しさに気付きました。

愛されてもうまく受け取れない、返せない自分の弱さの根がそうした過去にあります。しかしそれを知り見つめることで、それらを反面教師的なエネルギーに変換して克服し、愛でお返しできる人になりたいと思いました。

第6回目のセッションは、自分自身への旅、自分の内側を見るというものでした。軽い催眠をかけるとのことでした。この時はとにかく心の雑音を消してリラックスするように心がけました。

最初は催眠をかけられても瞼の裏は真っ暗なままで、少し不安になりましたが、瞑想を続けました。私は自分の内側を見るということに期待を持てませんでした。何か見たくないものが見えてしまうのではないかと思っていたのです。

ところが、初めに見えたのは深いきれいな紺色の。水の中のようなところでした。最初は狭かったがだんだん広い海のようになっていきました。やさしく、居心地がよく、気持ちの良いきれいな所で安心し、涙が出てきました。とても良いところでした。

すると、金色の鯉のようなとても大きな魚が一匹出てきました。すごく元気でピチピチして動き回っているのですが、なぜか泳いでいません。でも泳ぎたくてうずうずしています。

dinpalさんが、なぜ泳がないのですか?と言いました。私は、泳ごうと思えばいつでも泳げるのだが、海が広いということに気付いていないと答えました。

私はこの時、知識や先入観、思いこみやイメージなどが、自分を小さなところに閉じ込めているんだと感じ、これからはそういうものにとらわれず、もっと自由に泳ぎまわりたい!と感じました。

毎回のセッションで、様々なものを見たり、感じたりしました。過去から未来まで時間を超えた旅行をした気分でもあります。本当に貴重な体験でした。

この体験は、お金では買えないものだと思います。自分が自らに対して、抱いていたイメージもかなり変わりました。自分の経験やトラウマを整理でき、理解が深まり、以前よりも自分のことを肯定的に思えるようになりました。

日々生きる上で思考や行動のパターンが、決まったルーティーンになってしまうということにも気づかされました。それがもしよくない連鎖なら、変えていくべきっだし、そうした努力が自身の成長につながると思います。そして、成長しつつ生き抜くことで、何かしら人の役に立つ人間になりたいと思いました。

重要なのは、これらの指摘を誰かに指摘されたり、教わったりしたのではなく、このセッションを通して、自分で実感し、気付くことができたということだと思います。

このセッションが、受動的な体験というより、むしろ能動的な気付きのきっかけであるということ、そしてそれを促してくださったdinpalさんには、本当に深い感謝の気持ちでいっぱいです。このセッションを受けることを勧めてくれた妻と友達にも心から感謝しています。本当に本当にどうもありがとうございました。またお会いできる日を楽しみにしています。
2019.08.01

ブループリント3回を体感して(一回目)

まず、一度め、初めてのブループリントでは、宇宙旅行をしているような無動な世界で体がプカプカ浮いているような、浮かんでいるような中、子供の頃の自分の悲しみ、寂しさがとめどなく溢れ出し、涙が止まらず、体内に溜まっていた冷たい涙が全部出し切った、一滴残らず出て行ったようでした。
まだ5歳の頃、両親に叱られてトイレに閉じ込められ、叱られたことがありました。そのため、大人になっても個室が苦手でした。その原因を忘れていましたが、思い出しました。
そのあとにハスの花のようなピンクの綺麗な花がおへそ、みぞおち、胸、と咲いたんです。とても不思議な体験でした。
両親の喧嘩を見て育った私と妹でブループリントを受け初めて、元々見えないものが見えてしまうようなところがあったのですが、悲しみ、怒りなどが消え、二人で手を取り合い、前進していこうと話をしています。ディンパル先生には感謝しかないです。
2019.06.26

ブループリントを体感して(2回目)

2度目のブループリント、今回も涙が出るのかと思いましたが涙は出ず、びっくりしたことに先生から写真を1秒に何枚も目の前にみせられているようにいろいろな映像がずっとずっと見えるんです。
大きな荷物を乗せた船を運転する姿、和服をきている姿、戦っている姿、、、、もう、何が何だかわからない人数の映像が見せてもらえました。
セッションの次の日、たまたまみんなでグラバー邸を見に行って驚いたことがあるのですがその時に見えた船がグラバー園内に大きく模型として飾ってあり、「あ、これだこれだ」と叫びました(笑)

メッセージmessege

2019.09.06
新しい人類が出現しなければならない。
それは新しい種類の
光明を得たものによって始まるべきだ
それ以外に道はない
その新しく光明を得たものが新しい歴史の始まり
新人類、新しい希望 そして、新しい未来を先駆する(Osho)

ブログBlog

2019.08.01

両親との結婚を試みる深い愛

トラウマが解消されても
なかなか性格は変わらないようだ。

誰にでも腹をたてる人
いつも自分を引き立ててくれないと
不満の人
うまく付き合っているのに
突然裏切り出す人

セラピーで、家族のトラウマ
先祖の問題、遠隔で供養など
いろいろしても
何かが不満で常に対立軸を立てようとする

わたしはこれを最後の愛の戦いと呼んでいる
彼は、両親への怒りは解決したが、
そのまま離れていくのは
両親がかわいそうだ
その気持ちが強いので
両親の性格を直してやろうという試みを
愛の元にいろいろ試みるのである

アーサーヤノフ曰く
「冷淡な人と付き合うのも
その人を通じて自分の両親を暖かみのある人間に
象徴的に変えようとしているのであり
強力なプロセス、いわゆる当時の家庭の状況を
変えようとする時の心の傷の表れである。

弱い男と結婚して強い男になるように仕向けたり
強い男を見つけて弱く優しい男にするために
散々痛めつけたりするのである

彼女は、満たされない親への欲求、本物の優しい人間になるよう
他人を批判しているが、そんなことは起こりえないので
闘争は永遠に続く」

セラピストたるもの、本人の親まで変えようとする試みに
胸が熱くなるではないか
しかし、無意識の闘争の中にある限り、
他人を変えようと試み、失敗に終わるパターンは
繰り返していく。

ただ、深いところにある愛に気づくのが
そこから自由になる唯一の方法である。
2019.07.16

優柔不断な人々

セラピーを日本で始めた当時、とてもショックだったことがあった。
初めてのお客さんが、
「私は、何をすべきでしょう」
と言う問いを口々に発するということであった。
今では、なんとも思わなくなったが、
私がかつていた、アメリカで、インドで、
そのような問いを発すると、セラピーはまだ早い、と言われ
受けることさえできなかった。

私は、セラピーを受けることは、
自分に向き合う勇気のある高邁な行為だと思っているが
日本人の多くは、そう思っていないらしい
むしろ、恥ずかしいこと、一部の人にしか必要のないこと
と思っているらしい。

日本に帰ってきた90年代は、スピリチュアルがようやく
市民権を得つつあったが、日本で流行っていたことといえば
トレーニングコースであった。

学ぶ、ならう、ということには抵抗がない。
自分と向き合うことをしたこともなく
セラピーを十分受けたことのない人が
それを習って先生になる。
このような本末転倒なことが今でもずっと起こりつづけている。

こうしたことについて、アーサーヤノフは書いている

神経症の人は、要求と義務の間で分裂しているので
なすべきことを他人に求める
「このメニューで何がオススメですか?」
自分に他の人が義務を提供し続けてくれ、
自分の感情に基づいて行動しなくて済むよう
死んだように生きているのである。
私にはなんの望みも感情もそれに生活もありません
私の代わりに私の人生を生きてください。
生まれてからずっとやりたくないことを行ってきたので
自分がしなければならないことに苦痛を感じる

個人個人は、その人なりのやるべき課題や
ミッションがあるはずだから
それに気がついて、始める、という
せめてスタートラインに立ちたいものである。
というわけで、私は、セラピーを自ら進んで受ける方々を
大いに素晴らしい人たちだと思っているのである。
2019.07.07

人格を超えて。

人格とは果たせなかった要求、とアーサーヤノフは言う。

子どもの頃、両親に言うべき言葉が、人格の裏側に潜んでいる

いつも微笑みを絶やさない人格には、
「私につらく当たらないでください。」という要求が
大人になっても、それを訴えかけるように、隠されている

いつも虚弱体質で気弱に振る舞う人格には、
「私の世話をいつも見てください」という要求が隠されている

「僕に注意を払って、お父さん」というために
社会的な集まりで立派なスピーチをする。
しかし、少しひっかくと、傷ついた子どもの顔が見える。

子どもは両親の望み通りにしようと勤めるが
自分の要求が満たされないため、緊張した人格を作り出す。

人格は傷ついた子どもがかぶる仮面である

社会では人格は必要とされているが親密な世界では人格は歓迎されない。

ニーチェは「ツァラトゥストラ」の中で、
成長過程での人格の三様の変化ということを書いている。
なんでも従い、従順だったラクダのような人格は
やがて反抗期を迎え、ライオンのように吠える。
自分の強さを誇示し、他を蹴落とし、一番になろうとする。
しかし、それもまた、一つの過程である。
成長の過程でそれをも手放し
子どもの人格へと変容していく。

セラピーではニーチェの言う
ラクダ、ライオン、子どもへと帰っていく試みを強行する

普通のセラピーでは、まず、従順なラクダのような
人格を作り出した両親や先生や社会に強力にノーという。
強いライオン、大きな声で叫ぶのだ。
そして
純真な子どもに帰る
それがゴールである。

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